藤井聡太竜王・名人の伝説エピソード3選【幼少期編】

こんにちは。 さい と申します。

ブログを書くのは初めてで不慣れな点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。

私は居飛車党で角換わりが好きです。棋力は将棋ウォーズ二段(?)です。YouTubeやってます。 チャンネル登録お願いいたします!

今回は藤井聡太竜王・名人の伝説エピソード3選【幼少期編】について書いていきます。解説動画はこちらからご覧いただけます。

https://youtu.be/kz3MTLLWJr4

2002年7月19日、愛知県瀬戸市に生まれ、現在21歳の藤井聡太竜王•名人は14歳2ヶ月にプロ入りし、公式戦最多連勝の新記録29連勝を樹立しました。https://www.shogi.or.jp/player/pro/307.html

その後も名人獲得など多くの最年少記録を塗り替りかえる「フィクションを超える棋士」と呼ばれる藤井聡太竜王•名人。

彼はどのように将棋と出会い、どのようにして将棋の実力を伸ばしていったのでしょうか。

今回は藤井聡太竜王•名人の幼少期の伝説のエピソード3選をご紹介していきます。

【参考文献】 『弟子・藤井聡太の学び方』(PHP文庫) 杉本昌隆 (著) – 2019/3/27 第30回将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)作品

https://www.amazon.co.jp/%E5%BC%9F%E5%AD%90%E3%83%BB%E8%97%A4%E4%BA%95%E8%81%A1%E5%A4%AA%E3%81%AE%E5%AD%A6%E3%81%B3%E6%96%B9-PHP%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%89%E6%9C%AC%E6%98%8C%E9%9A%86/dp/456976889X/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

①将棋が誰よりも好き

「僕も早くおじいちゃんになりたい」

藤井聡太少年

これは藤井少年が5歳の時に発した言葉です。

藤井少年は5歳の頃、祖父母に将棋を教わったことがきっかけで将棋の世界に入りました。ルールを覚えた藤井少年は駒の動かし方しか知らない祖母にあっという間に勝てるようになりました。

祖母より強い祖父と指すようになり、初めは負けてばかりでしたが、やがて勝つようになり、藤井少年は勝つことが嬉しくますます将棋にのめり込んでいきました 祖父が高齢者福祉施設へ藤井少年にを連れて行き、高齢者たちと将棋をさせたことがありました。

藤井少年は、ある人から「子供はこんなところに来ちゃだめだよ」と言われて「毎日将棋が指せるなら、僕も早くおじいちゃんになりたい」と答えたそうです。藤井少年の毎日将棋が指したい気持ちと子供らしさが感じられる言葉ですね。

将棋を始めて2ヶ月ほどで自宅近くの「ふみもと子供将棋教室」に通い始めました。

藤井少年は二十級から始まりました。

二十級から十九級、十八級には簡単になれるようで、子どもたちは一級ずつ昇級する喜びを味わえるシステムになっています。

達成出来そうな目標を手の届くところに置いておくこのシステムで、藤井少年はより一層将棋に夢中になっていきます。

②負けず嫌い

藤井聡太竜王•名人の師匠、杉本昌隆八段は「藤井は天性の負けず嫌い」であり「私はこれまで何千人にも及ぶ子どもを指導してきましたが、いまだかつてあれだけ激しく泣く子を見たことがありません。」と言います。

多くの子どもは投了と同時に泣き出して母親のもとに駆け寄って行くようですが、藤井少年はなんと将棋盤にしがみつくのでした。

自分が負かされた将棋盤から普通は早く離れたいのではないかと思いますが、逆に将棋盤にしがみつく藤井少年を、杉本八段は「この子は本当に将棋なしではいられないんだな」と感じたそうです。

泣き声を聞きつけると母親の裕子さんは無言で別室に連れて行きました。

あれだけ激しく泣いていれば「恥ずかしいから泣くのは辞めなさい」、「もう連れて行かないよ」と責める親がいてもおかしくありません。

しかし母親の裕子さんは叱ることはせずただ無言で別室に連れて行くだけでした。

悔しがる力こそ強さの源。

余計なことは言わず、藤井少年は存分に泣いて気持ちを発散させ、次に向かうモチベーションに繋げました。

小学3年生になると藤井少年は、対局に負けると泣く代わりにすごく辛そうな表情をするようになったそうです。

余談になりますが、研究会に参加する藤井少年を板谷将棋記念室に送り迎えをする母親の裕子さんは、決して対局部屋に入らなかったそうです。

階段を登り、ふすまを開けると中で対局をしているのですが、必ず階段のところで帰られたそうです。

杉本八段が「どうぞ中へ」と声をかけても「いや、ここで」と断られました。

大会やイベント会場でも同じように、母親の裕子さんは別室で待機されていました。

年齢に関係なく藤井少年を一人の人間として尊重し、対局の場を神聖な勝負の場として捉えておられてたのではないかと杉本八段は言います。

藤井少年は負けず嫌いでありながら、切り替えが早くとことん悔しがっても次の勝負では負けたことを引きずりません。

そういった意味で杉本八段は「非常にさわやかな負けず嫌い」と表現されています。

また、杉本八段は将棋のプロ棋士に向いている三つの性格を挙げています。

  • 1「負けず嫌いであること」
  • 2「負けを引きずらないこと」
  • 3「孤独に強いこと」

1「負けず嫌いであること」2「負けを引きずらないこと」は藤井聡太竜王•名人の生まれ持った性格に当てはまっており、3「孤独に強いこと」は母親裕子さんの余計なことは口出しせず、自主性を尊重した子どもへの向き合い方で、藤井少年は自分との戦いに強くなれたのではないかと考えられます。

藤井少年は素晴らしい才能と努力、それを支えるご家族や指導者、仲間に恵まれ更に力をつけていきます。

③詰将棋

藤井聡太竜王•名人は視聴者の皆さんもご存知の通り規格外の終盤力を持っており、十七世名人資格を保持する谷川浩司九段は「藤井さんの終盤力は明らかにナンバーワンです」と語っています。

藤井聡太竜王•名人が七段の頃、なんと41手詰の詰将棋を25秒で解いて話題となりました。https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a565a57dba8b34fe0e4a95fb1a56e2a060a8eeaa

杉本八段は、以下のように話しています。

「藤井の将棋に対するアプローチの中でも、詰将棋は現在に至るまで重要な位置を占めています。

幼い頃から日々熱中していました。

詰将棋はまさに彼の学びの核心でした。」 藤井少年はまだ字が書けない頃から「詰将棋ノート」をつくっており、母親の裕子さんが手伝っていました。

詰将棋を解くだけではなく、将棋2年生の頃から詰将棋を創作するようになり、自作の詰将棋を研修会の先輩に見せていました。

月刊誌『将棋世界』に投稿した詰将棋の作品が谷川浩司九段に高く評価されて「谷川賞」を受賞しました。

それがこちらの作品です。

投稿時、藤井少年は9歳でした。

更に、詰将棋好きのプロ棋士や奨励会員たちが参加する「詰将棋解答選手権」のチャンピオン戦で驚くべき結果を残し、藤井少年の名が多くのプロ棋士に知れ渡ることになりました。

こちらは実際に「詰将棋解答選手権」チャンピオン戦で出題された問題です。

https://www.bing.com/search?q=「詰将棋解答選手権」チャンピオン戦%E3%80%802015&qs=n&form=QBRE&sp=-1&lq=0&pq=「詰将棋解答選手権」チャンピオン戦%E3%80%802015&sc=10-22&sk=&cvid=FAADCEF0FE2B49C8A3E8D86B188C67ED&ghsh=0&ghacc=0&ghpl=

いかにも難しくひと目で諦めてしまう人が多いのではないでしょうか。

なんと藤井少年は、「詰将棋解答選手権」チャンピオン戦に8歳で初参加、2015年には史上初の小学生による優勝を達成しその後5連覇という偉業を成し遂げました。

まとめ

藤井七冠は誰よりも将棋が好きであり、負けず嫌いであり、そして桁違いの詰将棋力があったことが、現在の成績に大きく起因していると思います。

今後も藤井聡太竜王名人は実力を伸ばし続け、人間は果たしてどこまで強くなるのか、挑戦していくことと思います。

才能のある人が将棋ファンを楽しませるためにも、人生の多くの時間を将棋に費やし頑張っている姿には本当に感銘を受けますよね。

これからも棋士の方々をどんどんご紹介していきますので、プロの先生方をさらに知っていただき応援していただけますと幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です